ジュディス A ベリスフォード
 

  ● 要約
 この論文は、ペットセラピーの歴史と身体や心理上におよぼす効果、またペットセラピーがなぜ緩和ケアに理想的なのかを述べます。ホスピスや、緩和ケア病棟に適したペットについても言及し、ペットセラピーを導入するにあたっての留意点や問題点にも触れています。

   

  ● 本文
 ハイベル(Hibell 1987)は「ペットが人間の替わりをつとめることはできません。しかし人間にはできない特別な関係をペットは与えてくれます。」と述べています。
 患者のケアに動物を導入するという考え方はかなり昔からありました。あのフローレンス・ナイチンゲールも「患者にとって、小さな動物がすばらしいコンパニオンとなることが多くあります。長期療養中の患者には特にそういえるのです。長期間同じ病室で寝たきりになっている患者の唯一の楽しみが籠に飼っている小鳥だったということがよくあります。もし患者が餌を与えたり、掃除をしたりといった世話ができるようだったら、すぐにそうしたチャンスを与えてあげるべきでしょう」と言っています。
 現代ホスピスケアの創始者であるシシリー・ソンダース博士( Saunders ,1990)は、「緩和ケアでは、限られた時間しかない患者さんやご家族の生活の質の向上を目指すケアを主眼におくべきです、そのためには、患者を中心としたケアにして、社会的、心理的、そして魂のニーズにあった広範囲な領域からのケアが必要となります。このようなケアを可能にするためには、平穏で、家庭的な環境が望まれます。家庭にはペットがつきものです。ホスピスや緩和ケア病棟にペットがいるというのは、普通の家庭環境に近いという証になるでしょう」と述べています。
 次の章では、緩和ケアへのペットセラピーの導入と、それにあたっての問題点を探ろうと思います。

  

  ● 定義
 ペットセラピーの定義は曖昧かつ多様です。ドレイパー(Draper,1990)たちによると、 ペットセラピーという語は「訪問、所有、環境セラピーの一環」、「心理療法にペットを組み入れたもの」と言っていますが、この定義にはずいぶんとさまざまなものを含んでいるといえるでしょう。 とはいっても、ペットセラピーは「私たち人間の愛されたい、必要とされたいという願望を基にしたセラピーで、ペットはこの二つの欲求を満たしてくれる」ものなのです(Twinane1984)。
 治療を目的にペットを使うのは、1792年イギリスのヨーク市でのQuaker reteatの時や、1867年ドイツでのBethel Comunityで導入された時までさかのぼることができます。
ですが近年になって大きな動きがでてきました。
 1980年代ロンドンで最初のペットセラピーについての世界会議が開かれたときから、ペットの治療効果に対する認識がおおきく広がったのです。その後、1983年、イギリスで、レズリー・スコット=オーディッシュによってPets as Therapy (PAT)が発足しました。続いて1989年にトロントに、North AmericanAssociation of Pet Facilitated Therapists(ペットによる治療促進セラピスト北アメリカ協会)が設立されたのです。そして10年後の1993年には、7500頭もの犬が治療犬として登録されるまでになったのです。

  

  ● ペットセラピーの効果
 ペットの医療上の効果については”ペットの健康に及ぼす効果”と題されて、1987年に U.S.N.I.H.で発表され、 その後医師、看護婦、獣医師らによって研究が続けられてきました。 動物との交流によって得られる効果は、おおまかに言って身体上に及ぼすものと、心理面に与えるものに分けられます。

<身体上に及ぼす効果>
 これについては、たくさんの研究結果が報告されています。まず、医療上よく指摘されるのが血圧の低下です。キャッチャー( Katcher)とフリードマン(Friedman)の調査(1980)では、収縮期3.5・Hg, 拡張期1.1・Hgという休息時での血圧が、動物をなでているときには、収縮時7.1・Hg, 拡張期8.1・Hgまで下がるという結果がでました。これは「言葉よりも触感の方が血圧を下げるのに有効(Vormbrocckと Grossbergの報告、1988)」という研究を裏付ける結果となりました。血圧の安定は、患者の持ち犬だった場合はより顕著になります( Katcherの報告、1981)。
 さて、この事実はRogersが言う「人間界のリズムは生命同士の“全体”的な交流を具現する」ことを証明しているかもしれません。つまり「絆で結ばれたペットとその主人のエネルギー交換のパターンは、相似的エネルギー交換パターンが大きいということです。つまり、両者はとてもリラックスした関係にある」(Gaydos and Farnham,1988)ことを証明していると言えるでしょう。
 そうしたことを考えると、ペット・セラピーはリラクゼーション・セラピーの一形態と考えてもよいかもしれません。
 また、次のような研究結果もあります。循環器の病を患っている患者の中で、ペットを飼っている人の余命は、飼っていない人よりも長いのです。Friedman達は、1980年冠動脈ケア病棟から退院した96人の患者の追跡調査をしました。調査対象は、ペットを飼っている患者と飼っていない患者の一年後の生存率でしたが、ペットを飼っていない患者39名のうち11名が一年後には亡くなっていますが、ペットを飼っている患者53名のうち、亡くなっていたのは3名だけだったと報告しています。

  

  ● 心理的効果
 人間の感情は種々さまざまなので、記録するのも分析するのも困難です。ペット・セラピーの心理的効果についての出版物がほとんど見当たらないのも、そのことが原因だと思われます。
 しかし、動物といっしょにいるときには、気分がやすまるとか、ストレスや欝状態や不安が軽減するといったことがおこります(Calvertの研究1989・Savishinskyの研究1992)。フランシス(1985)らは、老人ホームに小犬を週に1度連れて行き、それを8週間続けたところ、21人のお年寄の社会的、心理的な状態がよくなったと報告しました。動物は孤独感を癒すのに役立ちます。特に一人暮らしの老人の場合はなおのことです。
 また、コルソンの研究では、社会的に孤立している人々が、ペットを飼うと自己評価が高くなり、他者とのコミュニケーションが円滑になることを明らかにしました。ペットを飼うことによって自立性が高まり、責任感も強くなるというのです。
 ホスピスや緩和ケア病棟にいる患者たちにもペットは役にたつでしょう。というのは、そうした病棟では社会と隔絶されてしまったと感じている患者が多いからです。ところがペットに受け入れられているという充足感によって、スタッフや他の人との関係が円滑になるのです。
 ペット・セラピーは、患者が今までとは異なった環境に適応し易くする効果もあるといえます。ペットとの関係を持つことによって、寂しさといった負の感情が癒され、より好ましい刺激のほうに心が向きます。老人ホームにペットを導入したロイは「環境からの刺激は、個々人の適応能力に良い影響を与える」と述べています。また長期療養をしている患者の疎外感を研究したブラウンは、健康上の問題とか、社会とのコンタクトをなくしているとか、病院に入院しているとかのことは、負の刺激として患者には捉えらえていると報告しています。こうしたマイナスの刺激にさらに加えられるのが、死という大きなストレスです。こうした中でペットとの交流はプラスの刺激として捉えられ、マイナスの刺激に対する緩衝剤として働くのです。
 さらに、Calvertの調査(1989)は、動物との交流は寂しさを癒すことを明かにしました。動物に心を傾ければ動物もそれに応えてくれるし、さらに自分が動物にするのと同じように他の人にも心をかけてもらっていて、食事の世話もしてもらっているのだと自覚できるようになるということを明らかにしました。
 ペット・セラピーは、患者と家族の両方に良い影響を及ぼすという報告もあります。
ウインクラーらは、ある施設に犬を導入した結果を報告していますが、入院中の半数以上の患者とほとんどすべてのスタッフから、その導入が歓迎されたと述べていますし、さらに、患者とスタッフとの関係までもが良好になったと報告しています(1989)。
 コンパニオン・アニマルはスタッフの働く環境を良好にし、職場を楽しい雰囲気にします。それによってスタッフの消耗感が軽減されるのです。さらに抑圧感も軽くなって、楽しさをずっと増加させるという効果もあります。(Haggarの研究。1992)
 ペット・セラピーのその後の研究では、ひきこもりがちになった患者が行動性を増すとか、気持ちが明るくなるとか、社会性が増すとかの利点があることを証明しました。その他、食事に意欲を見せるようになったという報告もあります。
 ペット・セラピーを導入すると、向精神薬の投与がずっと減るという結果もでています。
こうした薬を使うホスピスや緩和ケア病棟では、この点に注目してよいでしょう。

  

  ● ペットセラピーの問題点
 現実的に起こりうる問題としては、アレルギーとか、感染症のリスクがあります。その他衛生面でも心配があるかもしれません。1987年、ベックとメイヤーズ両氏の研究では、合衆国の全人口の6〜7%がアレルギーに苦しんでいて、そのうちの25%が犬や猫にアレルギー反応を示すと報告しました。そうしたこともあるので、ホスピスや緩和ケア病棟では、患者のなかに動物にアレルギー反応の出る人がいるどうかを前もって調べておくことが大切でしょう。さて、動物から何かを感染するリスクは非常に低いといえますが、免疫機能が低下している患者がいるときは注意しなければなりません。ハラディーなどは、動物から人間に感染する病気もあるので、病院等の施設に動物を導入するのは好ましくないといっています(1989)。
 AIDSの患者には、心理面でも感情面でもコンパニオン・アニマルのもたらす効果は高いといえますが、危険も併せ持っていることは心にとどめておいたほうがよいでしょう。特に猫の爪の引っ掻き傷からHIVに感染することもあるので、猫はAIDS患者には好ましくありません。ペット・セラピーのプログラムを始めるにあたって危惧されることは、この分野についての知識が、ナースたちにあまりないことです。バイルズとマッコルスの調査によると、テキサスで800名のナースにペット・セラピーへの取り組み方を質問したところ、69パーセントが一度もペット・セラピーを患者に勧めたことがないと答えました。ところがその一方で、27パーセントのナースが10回以上実施したことがあると答えているのです。そして驚くべきことに、ペット・セラピーをした経験のあるナースのうち96パーセントがその試みが成功したと解答しています。ペット・セラピーがもっと広く受け入れられるためには、人間と動物の交流によってもたらされる効果について、科学的に検証されることをナースたちは望んでいると調査は結論しています。

   

  ● ペットセラピー・プログラムをはじめるにあたって
 ペット・セラピーの一例として、ゴールデン・レトリバー犬を導入したマリー・キューリー・センター(リバプール)の例では、患者からも家族からもスタッフからもとても喜ばれていると報告がでています。
 さて、ペット・セラピーが成功するかどうかは、容易周到な計画としっかりした評価にかかっているとといえるでしょう。セラピーの導入前に、スタッフ間での十分な合意がまず必要です。
 次に、導入には、環境を整えることが大切です。
 小児病棟では、動物のいる所までいかなければならないという制約を受けても、動物はおりに入れておいたほうがよいでしょう(ハート,1989)し、ホスピスや緩和ケア病棟等では、患者自身の動きがままならなくなっていることがあるので、動物のほうが動き回れるほうがよいのです。
 導入する動物については、事前に性格や血統や、育ち方なども知っておいてください。PATでは、ペットセラピーに使う犬は、性格テストに合格した犬を使うように勧めています。人なつこくて、優しい気質の信頼感の持てる性格の犬が好ましい(スコットとオーディッシュ,1992)のです。適した動物としてあげられるのが、ゴールデン・レトリバー種です。この犬は、すでに盲導犬として長く使われてきていることもあって、コンパニオン・アニマルには最適な犬といえるでしょう。それに、容姿もよく、人間と接触するのを好み、訓練がし易い犬種です。
 さて、コンパニオン・アニマルの世話には細心の注意を払わなくてはなりません。もし何か病気の兆候が見られたら、すぐにホスピスや緩和ケア病棟といった施設から隔離して、適切な治療を与えてください。定期検診はぜひとも必要ですし、爪も切っておいてください。 スタッフのだれか一人がペットの責任者になっているのが望ましいでしょう。また、ペットが安心していられる場所を建物のなかに確保しておくべきです。
 ペットとの接触による感染症を極力避けるために、手洗いは励行してください。また、万一の事故に備えて、何らかの保険の容易もしておいたほうがよいでしょう。その際にも、患者の権利が優先されることを第一に考えてください。ペット・セラピストは、患者の気持ちが体調によって、くるくると変わることも頭に入れておいてください。ペットと接触したくなくなったときには、その気持ちを優先させることです。気が変わることが多々あっても、その患者が一貫性のない人だとは考えないようにしてください。
 ペット・セラピーに対する評価は是非とも必要です。患者とスタッフとの関係に効果があったかどうかを証明されなければならないからです。ペット・セラピーについての一定の評価がはっきりとした段階で、それについての記録の保存もぜひしておいてください。

   

  ● 結果
 最近の研究では、ペット・セラピーという考え方が広く行き渡り、コンパニオン・アニマルを導入する施設が増えてきたことが明かになりました。
 この10年間、ペット・セラピーに対する研究は科学的になり、心理的に良い効果をもたらす手段としてペット・セラピーが浸透してきました。また、この間、客観的な評価基準を設けるべきだという声も多くの人からあがるようになりました。
 ペット・セラピーを導入したことで生じる問題は、ごくわずかだといってよいでしょう。しかしながら、このセラピーを導入するにあたっては、患者の権利を最優先にすることを胆に銘じておくべきです。
 ハガー(1992)は、下記のように述べています。「ナースとして、ペット・セラピーのもたらす効果については日ごろから感謝しています。ペットに患者のケアに参加してもらって、ケアの見本を見せてもらっているのだから。今後は、あ らゆる研究手段を使って、 ペット・セラピーの有効性が明かになってもらいと望んでいます。」

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